狛犬大図鑑  
 分類 江戸流れ 白子神社 山形県米沢市城北2
 建立年 大正十四年(1925)七月八日  鎮座位置 拝殿前
 石工 佐藤 万作  参拝日 2015年10月10日(土)
前泊が必要な米沢市への出張の折、前日休日を充て、早朝より仙台駅から仙山線→米沢線を乗り継ぐこと2時間半。米沢駅前でレンタサイクルを借り、事前に調べておいた約20社の米沢駅周辺の神社を五時間かけて散策してまいりました。
途中上杉博物館で、上杉鷹山先生の伝記映画を観賞。それが、後ほどの米沢狛犬散策の大きな謎解きへのヒントとなりました。

米沢市の神社散策は、最悪のスタート。最初の10社の内、狛犬が鎮座していたのは、一社のみ。それも昭和生まれの中国産岡崎型狛犬のみ。市内で最も大きな上杉神社にも、大正生まれの招魂社系狛犬が一対のみ鎮座。江戸生まれの狛犬にまったく出会えず。この現象を、上杉鷹山先生の影響を考え、自分なりに推理してみました。

上杉鷹山が、財政難に苦しむ米沢藩を救うため、自らも倹約に励み、藩の改革に取り組んだのが1700年代後半から1800年前半。まさに江戸では庶民による狛犬文化が花開き、狛犬奉納の一大ブームが巻き起ころうとしていた時期と重なります。恐らく、鷹山の倹約を勤しむ改革により、当時米沢藩では、庶民が狛犬を奉納するなどというような、贅沢は、御法度的な空気であったのではないだろうか。山を越えた福島県では、多くの狛犬が江戸~明治期に奉納されていることからも、決して狛犬文化が伝承されないということはなかったと思われることから、ここに米沢市に古い狛犬がいないことを、自分なりの解釈で裏付けてみたのだが、皆さまいかがでしょうか。

この地に蚕が生じ桑林が雪のように白くなったという伝承からその名をつけられた白子神社には、米沢市内約20社を一日欠けて回った中で、最高の逸品狛犬が鎮座しております。大正生まれの狛犬は、全体の造作、毛並みの表現から、江戸流れを模して造られたものと推測される。巻き毛の表現、流れるような毛並みは、見事に江戸流れの技法を再現しており、細部までよく研究して彫り込まれている。特出すべきは、単なる模倣に終わらない、石工の技術と表現力である。江戸流れにはあまり見られない、牡丹の花を口にあしらった粋な計らい。凛々しくも逞しい狛犬の表情は、実に男前に仕上げられており、特に牡丹を口にくわえた右側の狛犬の、キリリとしたお顔立ちには、しばし時を忘れ見惚れてしまった。台座に「石工 佐藤万作」と彫り込まれているが、これだけの出来栄えの狛犬を奉納した石工の誇らしげな思いが伝わってくるかのようである。

狛犬に目玉を入れる(塗装)するのは、個人的には、しっくりこないのだが、こちらの目の入れ方は、狛犬の凛々しい表情を見事に際立たせている。目玉を二重に彫り込むのは、江戸流れでは中々見られない技法であり、石工 佐藤万作のオリジナリティなのであろう。